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2009年6月

怒りの感情

怒りの感情の中身やその人の性格により、直接殺したり、傷つけたりの現われはなくても、相手や自分の心を傷つけたりします。自傷行為なども心の内部に溜めた怒りの具象化ではないでしょうか。


怒りは壊したいという思いを秘めていますから、破壊のエネルギーでもあるわけです。
いつのまにか自分の思いとは反対に大切な人間関係までも壊します。
特に幼い頃からの怒りを心の底に抱えている人は、よくよく気をつけないと幸せからかけ離れた人生をおくることになります。
悦びの体験や時間を多く持ったり、許しの思いを拡げたりして、怒りの思いを小さくすることが大切です

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エネルギー

想念はエネルギーです。想念はその思いにしたがって具象化します。
想念の中でも強いエネルギーを持つのは感情です。それだけ感情を持った想念は、自分の人生上に確実に姿を現します。
私の知っているある男性は、仕事上のトラブルからある会社に非常な怒りを持っていました。電話でその会社の担当者に「殺してやるから待ってろ!」と怒鳴っていた位です。それから数ヵ月後、その男性のお姉さんから私に、「弟は高速自動車道の側壁に激突して死にました」と電話があったのです。


これは怒りの感情のもたらす結果です。殺したいほどの怒りの感情は、人を殺すか自分を殺すかになります。殺さないまでもどちらかを傷つけることになります。その怒りの感情の中身やその人の性格により、直接殺したり、傷つけたりの現われはなくても、相手や自分の心を傷つけたりします。自傷行為なども心の内部に溜めた怒りの具象化ではないでしょうか。

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自分の目的を達成する

自分の目的を達成する上で大切なのは、継続していくうちに楽しいと感じたらその機を逃さないことです。その機を軽く見て通り過ぎますと、伸びる芽を失いかねません。
話し方教室でも "ここだ"という時に来なくなる人がいるのは、とても残念です。いちど逃した機会は今度いつ来るかわかりません。チャンスというものはそういうものです。
上達する、あるいは目標を達成するコツは「今」をつかむことにあると言えます。
楽しいと思う芽がでたら、その機を逃さない。そして続ける。好きで続けた人が人生の悦びを生きることになります

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好きで続ける

何かを上達するには好きで続けることに尽きると言えます。いくらやっていても楽しくないのに功利的な心で続けても上達はしません。
やっていて楽しいということは、それが自分に向いているということですから、続けているうちに自分の能力もだんだん引き出されてきます。
でも自分に向いているものは初めから楽しいとは限りません。カラオケだって初めは嫌だったのに、いつの間にかはまってしまったという人もいます。苦手だから端からやらないと言うのは間違っています。
例え苦手と思っていても、ひょっとしたらそれが自分の人生を変えるほどのものであるかも知れないのです。
私などもパソコンなんてとても出来ないし、続かないだろうと思っていました。ところが今ではこんな楽しいものはない位はまっています。

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現代

現代はさらに不安症候群の親が、わが子の心や行為を心配でしばります。こうしてある人は、平穏な人生においても、最も正常な生活環境においてさえも恐怖に満たされたものとなります。こうした精神状態が極度に達すると『不安ノイローゼ』になります。

この不安感情はいかにしたら取り除くことが出来るのでしょうか。
ここにおいて潜在意識の不安感情を放出し、あるいは記憶を修正する技法が必要となってきます。

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心理学

心理学者はそうした不安は嬰児期又は幼児期において潜在意識に植えつけられた想念の一種の"型"であると説明しています。
大人が子供に対して、「いけません」とか「あなたは馬鹿ね」「始末におえない子だね」「そんなことをすると鬼にさらわれるよ」とか言う禁止的、恐怖的な言葉を度々聞かせられているうちに幼い子供の心にそれが真実として印象づけられることになります。周りの大人が気をつけていても、テレビを通して、悲惨なニュースやワイドショウが映像とともに幼い心に暗く恐ろしい印象を刻みこんでいきます。
これが不安を生じさせる想念の"型"になると言われています。私たちが今日、不安を感じるのはこの想念の"型"があるために、無意識のうちにこの"型"が作用し、何とはなしに不安を創り出しているそうです。

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富士山

今日から日記を書きたいです。今日は山に登りました。「偽富士山」ってとこです。空気が澄んでました。山を登っていると爺さんがやって来ました.「おい、餓鬼。遊んでやろうか?」と言ってきたので、メリケンサックをあげました.爺さんは喜んで、肩叩き割引券をくれました。僕は嬉しくて、つい破ってしまいました。爺さんは泣きました。それは海のようでした。そのとき、大男が来た......

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心の法則

海面がどんなに荒れていても、深くへ行けば行くほど穏やかな世界が拡がっているように、私たちも穏やかな存在に身を置くことが出来るはずです。その場所には成熟した人格と、ゆるぎない秩序や規範(心の法則)への理解が存在しているでしょう。

人生に起こり来る出来事をより正しく眺め、より正しく捉えられるようになることで、私たちはより穏やかな心で生きることができるでしょう。この穏やかな存在の場へ至るために自分を鍛錬し、心のコントロールをしていく・・・これこそ究極の生き方ではないでしょうか。

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自己コントロールの結果

世の中の成功者と言われる人、偉大な人というのは自己コントロールを成し遂げていった人たちだと思うのです。私たちが目指す自分磨きの最終目標は、この自己コントロールの能力を高めることであるのです。目的に集中して取り組む能力、何事にも動じない心、穏やかな心、こうした自分をコントロールする能力が人生を豊かなものにし、より一層気高いところへ導いてくれるのではないでしょうか。 人生で体験するさまざまな出来事は、私たちを苦しめ、困難に落としいれたり、あるいは悦びをもたらしたりしますが、そうした体験から私たちは何かを学び、粘り強く自分をコントロールしていく力を身につけていきます。この粘り強い努力の結果が、安らぎに満ちた穏やかな境涯をもたらします。

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表現を模倣

何かの被害者になって、つらく苦しい思いをしている場合などでも、いつまでも加害者を憎み恨んだりしていますと、その憎み恨む根拠としての症状なり、苦しみなりを存続させることになりかねませんし、裁判になった場合などでも、裁判を有利に勝ち取るためには、その根拠となる傷み、苦しみが癒えると不利ですから、傷み、苦しみを癒さないところの働きが心の中に起こってきかねません。
「人生は表現を模倣する」、この言葉は幸せな人生を創るうえでとても大切です

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人生

同情をしてほしいために、不幸な表情をしてみたり、いかにもかわいそうらしく振舞っていると、人生はその表現を模倣して、実際に幸福にはなりません。
いつも不満そうにふくれっ面をしている人も「自分はツイてない」と言いたいのでしょうが、ほんとうはツイていないのではなく、ツキが寄って来ないのです。
人生には「類は類を呼ぶ」という法則が働いていますので、自分の心に応じた環境が引き寄せられて来ます。

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